集落探訪 令和元年 ~大原、和田、芹田~

一昨年より始まりました集落探訪も今年で3回目となりました。8集落を巡る旅も来年で終了となります。今回は大原、和田、芹田集落を巡る旅です。午後、大原集会所に皆さんが集まりました。参加人数は50名、区外の方は13名ほどの方でした。沢山の方においでいただき感謝です。まず集会場にて集落探訪の魅力発見について八木勇二会長よりお話を頂きました。住んでいても分からない事等がある新しい発見をしてもらいたいとの事でした。

続いて教願寺住職八木文昌様より、大原集落にはその昔、石塚仙堂と仙田菱畝という二名の兄弟の画家が居られたそうで、掛け軸や屏風等、現在も広く県外の愛好家の方にも親しまれておられるとの事です。近くに有名な日本画家がおられる事を改めて確認致しました。
続いて竹内実様からは大原、和田、芹田の地形、河岸段丘についてお話を伺いました。河岸段丘とは、河川に沿って分布する平な所と急な崖とが階段状に分布する地形を表す言葉で、川により浸食されて出来上がっているそうです。長野方向に安塚の象徴である菱ケ岳が有りますが、菱ケ岳の火山活動で火成岩が小黒側に流れ出て今の和田近辺の土地が出来上がったとの事。大原の先人は、大変大きな石がごろごろと出て、耕作には難儀したとの事でした。現地視察では松本屋さん前の交差点に丘が有り、その断面を見ると堆積岩と火成岩が入り混じる様を見ることが出来、なるほどと感心致しました。また対岸の地は大原が一望でき河岸段丘の様が良く見て取れ、お話の後の現地には説得力を感じました。

これとは別に現地視察では菱神社に赴いて宮司様のお話をお聞きしました。創設は天正年間(1573から1592)だそうで由緒ある神社だそうです。近隣にも菱神社が有り、全ては菱が岳を拝み、その馬の溶け具合で作物の植え付けと五穀豊穣を願うための創建かと思いました(私的な考え)。

次に芹田集落を探訪し、また驚きを感じました。芹田集落では、田んぼの水を引くための隧道を掘られたのだそうでそれを拝見致しました。芹田集落は小黒川と朴ノ木川が交わる所に有り一見すると水が豊富と思いますが、ポンプのない時代では高い所から水路を引いて用水路を確保する事が最善でした。ところが芹田では小黒との境に山があり、思うように水路を引くことが出来ないのでなんと道路下を掘削し、隧道を掘り水路に連結されてありました。大変なご苦労だろうと、また昔の人は偉いもんだと感心致しました。かのように素晴らしい出来事が沢山ある事に気付かず暮らしていることに今更のようにもったいないことだと感じました。